コピー子孫問題
画質は良く、ゴーストも起きず、音もCD並みという地上デジタル放送。
新しいテレビを買うなら、やっぱり地デジで視聴したいものです。
しかし、綺麗なバラにはトゲがある、の言葉の通り、地デジにもトゲがあります。
業界が身を守るために視聴者に向けた、鋭いトゲが。
それが、コピーワンス制限です。
ご存知の通り、地デジの映像音声は、デジタル信号です。
デジタル信号は何度コピーしても劣化しないため、無制限のコピーを許すと、世の中に「モノホンと全く同じ」海賊版が出回ってしまうおそれがある。そうなったら商売あがったりだな! という論理です。そのため、日本の地上デジタル放送番組にはすべて、コピーを1世代のみ許可するというコピーワンス制限*1が掛けられています。
1回だけですよ。1回。
もしHDDからDVDへのダビングが失敗してしまったら(DVDの焼き不良なんて珍しいことじゃありません)、もうHDDから取り出すことができません。HDDに永遠に残すか、消すかの2択です。なんということでしょう!
コンテンツを作ってお金を稼ぐ側からすれば、こうでもしないと安心できないのでしょうが、善良な視聴者からすれば面倒なだけの制限です。これだけでもう、「地デジ…うーん、ちょっとなぁー」と感じる人もいるんじゃないかと思います。
さて、昨6日に総務省がとある方針転換を発表しました。
デジタル放送番組、コピー9回までOK…総務省が要請へ
デジタル放送のテレビ番組をDVDレコーダーに1回しか録画できないよう、特殊な信号を使って制限している「コピーワンス」について、総務省は6日、DVDなどに9回までのダビングを認めるよう、放送局などに要請する方針を明らかにした。
Yomiuri Online
まあ、前よりは使いやすくなるのかなあ、というところでしょうか。
「自滅遺伝子」テロメアが短くなっていくように、ダビングをするごとに回数ビットが減っていく…というようなシステムをHDDレコーダに実装しなければならないので、既存の機器では相変わらずコピーワンス制限がかかるそうです。
ところで、私が言いたかったのは、コピー制限の是非を論じることでも、不便に文句を言うことでもありません。ここで問題です。
9回のコピーが可能なDVDが1枚あります。
これを親としてDVDを複製していくとき、同じ内容のDVDを最大何枚作ることができますか。
(親DVDを複製した子DVDをさらに複製して、孫DVDを作ることもできるとします)
解答編に続きます。
(上の読売記事を読むと書いてありますが、かりに9回までコピーできるようにしたとしても、HDDレコーダから作成した子DVDをさらにコピーして孫DVDを作ることは、これまで通り禁止されるようです。したがって、この問題の条件は架空のものです。誤解のなきよう。)
解答編
まずは、考え方から。
1枚のDVDを9回コピーできるんだから、なんとなく、おそろしい数のコピーDVDが出来そうな気もします。そうすると、えーっと、9の階乗? それとも、9の9乗かな。そうすると387,420,489枚ですか。うわあ、凄い。
…ちょっと待ってください。そうはならないことはわかりますね。
1回コピーしたDVDは、そのあと9回コピーすることはできません。8回です。
あと8回コピーできるDVDをコピーして出来たDVDは、あと7回しかコピーできません。
そう考えると、案外早くすべてのDVDが「もうコピーできないDVD」になりそうな気がしてきます。
まずは実際の例で考えてみることにしましょう。
実際の問題では、9回までコピーをすることができますが、ここは簡単にするために、0回コピー可能なDVDを考えます。
0回コピー可能なDVDは、もうそれ以上コピーすることはできません。
つまり、0回コピー可能なDVDが1枚あったら、どんなにがんばっても1枚のDVDのままです。
このことを、
と表すことにします。
この関数は、コピー可能な回数から、最終的なDVDの枚数を求める関数です。
次に、1回コピー可能なDVDを考えてみます。
1回コピー可能なDVDは、1回コピーすると、もう二度とコピーすることはできなくなります。そして、やはりもうコピーできない子DVDが1枚できます。
つまり、矢印グラフを描いてみると、こういうことになる。
<1>→<0>
この図は、1回コピー可能なDVD(<1>)から、0回コピー可能なDVD(<0>)が作られたことを表しています。<1>は1度コピーされてしまったことで、もうコピーできなくなっています。(この図からは直接それを読みとることができませんが、ブラケット内の数字と、数字から出ている矢印の数を比較することで、それとわかります。)
一方で、さっきの関数を使うと、こう書けます。
さて、次です。
2回コピー可能なDVDについても同じように考えてみましょう。
まずは矢印グラフ。
<2>→<1>→<0> └→<0>
1回コピー可能なときと違って、一本線のグラフにはなりません。
2回コピー可能なDVDは、2回コピーが出来るからです。(当たり前か)
ただ、1回目にコピーしたDVDは、さらにもう一度コピーができますが、2回目にコピーしたDVDは、もうそれ以上コピーすることはできません。(なぜなら、「あと1回しかコピーできないDVD」をコピーしたものだから。)
というわけで、これで全部です。4枚まで増えましたね。
なんとなく、わかってきたような気がしますね。
さて、3回コピー可能なDVDの場合です。
このへんから、矢印グラフを描くのが面倒になってきます。
<3>→<2>→<1>→<0> │ └→<0> ├→<1>→<0> └→<0>
…んー?
よく見れば、これで全てだというのはわかります。
しかし、このグラフを、<9>について描くなんて、ごめんですよね。
少なくとも私はいやです。
さーて、どうしよう。
グラフをよく見てみよう
…む、ちょっと待てよ?
<3>→<2>→<1>→<0> │ └→<0> ├→<1>→<0> └→<0>
この赤い部分をよく見ると、さっき「2回コピー可能な場合」に出てきた、
<2>→<1>→<0> └→<0>
と似ています。っていうか、全く同じですね。を使って書くと、です。
さらに、
<3>→<2>→<1>→<0> │ └→<0> ├→<1>→<0> └→<0>
この緑の部分はやっぱり、「1回コピー可能な場合」に出てきた
<1>→<0>
と全く同じです。つまり、。
<3>→<2>→<1>→<0> │ └→<0> ├→<1>→<0> └→<0>
そうすると、この青い<0>も、「0回コピー可能な場合」の「どんなにがんばっても1枚」と見ることができそうです。ですね。
俄然面白くなってきたでしょう。
<3>→<2>→<1>→<0> │ └→<0> ├→<1>→<0> └→<0>
この図からわかることは、
3回コピー可能なDVDからできるコピーDVDの枚数は、
2回コピー可能なDVDからできるコピーDVDの枚数(4枚) +1回コピー可能なDVDからできるコピーDVDの枚数(2枚) +0回コピー可能なDVDからできるコピーDVDの枚数(どんなにがんばっても1枚のまま) +1(親DVD自身のなれのはて)
で求められるということです。
よく考えてみれば、この足し算で正しいことがわかります。
3回コピー可能な親DVDを1回コピーすると、親DVDは2回コピー可能になり、同時に2回コピー可能なDVDが1枚できます。
2回コピー可能になった親DVDをさらに1回コピーすると、親DVDは1回コピー可能になり、同時に1回コピー可能なDVDが1枚できます。
1回コピー可能になった親DVDをさらに1回コピーすると、親DVDはこれ以上コピーすることはできません(なれのはて)。そして同時に、もうコピーできないDVDが1枚できます。
つまり、3回コピーできる親DVDは、「2回コピーできるDVD」「1回コピーできるDVD」「もうコピーできないDVD」を産んだのち、もうコピーできなくなるわけです。
…それって、つまり、さっきの式ですよね。
ここまで納得できましたか。
そしたら、あとはこれを数式にして、いじくってやりましょう。
数式って便利!
関数は、コピー可能な回数から、最終的なDVDの枚数を求める関数でした。
このを使って、今の関係をわかりやすく表してやりましょう。
ということになります。もちろん、さっきと同じに色分けをするなら、f(2)+f(1)+f(0)+1 ということになりますよ。
ここで、一気に高い次元へとジャンプしてみましょう。
2回とか3回とか具体的な数をとびこして、回です。
たとえ何回になっても考え方は同じでいいので、
途中の「…」でだまされたような気分にならないでください。ホントにこう書くこともあるんです。
ただ、これだけでは、を求めるのに、からまでを全部求めなくていけません。はてしなく面倒ですよね。
とりあえず、がわかっている時に、を求める式を考えてみましょう。そのために、ちょっと細工をします。
上の式から下の式を引いてみます。
む。きれいさっぱり右の方が消えました。
ちょっと移項をかまして、
ようやくが正体を現しました。
この数列(関数と呼ぶより、数列の方がふさわしいですね)は、一つ前の数の倍となる数列です。ここまで来ればあとはもう一息。
から直接の数字を求められるようにしたいですね。
それが出来れば、回コピー可能な親DVD1枚から、最大枚のコピーDVDが出来るぞ! と、堂々と宣言できます。
ということは、
ということです。上の式の右辺に、下の式の左辺を代入してみましょう。
が出てきました。しかし、なので、もう怖くありません。
調子に乗って、が0になるまで繰り返しちゃいましょう。
ついに、が0になってしまいました。でも、ちょっと待ってください?
さっき、(だいぶ上の方になっちゃいましたが)は1だったはずです。
というわけで、ようやく結論にたどりつきました。
つまり、回コピー可能な親DVD1枚から、最終的には枚のコピーDVDが出来るということがわかりました。
ここで最初の問題を見てみましょう。
9回のコピーが可能なDVDが1枚あります。
これを親としてDVDを複製していくとき、同じ内容のDVDを最大何枚作ることができますか。
(親DVDを複製した子DVDをさらに複製して、孫DVDを作ることもできるとします。)
つまり、この問題では、のときのを求めなさい、と言ってるわけです。したがって、
枚
が答えになります。512枚。
多いんだか、少ないんだか…。
閑話休題
ついさっきまで、とか書いてました。
こういうのを、「画竜点睛を欠く」といいます。
いい勉強になりましたね!